“奇妙な動画”に誘われて

ある日、VOICE編集部に「自分たちの取組みについてVOICEを通じてたくさんの人に知ってもらいたい」というメッセージが届いた。送り主は九電ハイテック。“九州の明るい未来を技術で支える”企業だという。そこには怪しい動画が添えられていた。

いったい何をしているシーンなのだろう……。気になってさっそく取材を申し込むと、「変電所に来てほしい」とのこと。梅雨が明けて間もない7月某日、編集部は福岡県三潴郡大木町へと向かった。

鉄塔 鉄塔
のどかな田園風景に鉄塔が立ち並ぶ

町役場や道の駅からも程近い田園風景の中に巨大な鉄塔がそびえ立ち、そこから伸びる電線を追っていくと目的の「木佐木変電所」があった。出迎えてくれたのは、“サングラスのようなもの”を装着した長崎さん。あの動画で、謎の動きをしていたその人だ。

長崎さんポートレート 長崎さんポートレート
新入社員の教育係も担う長崎さん。ランチはお弁当派

ちなみに、変電所って?

「変電所」が何のための施設なのかをご存知だろうか。簡単に説明すると、発電所で作られた超高圧の電気を私たちが使える状態に変換することが主な役割。すべての電気は変電所を経由し、企業や家庭などさまざまなところへ適切な電圧に変換して届けられている。つまり、電気を使うには欠かすことのできない設備なのである。

変電所敷地内 変電所敷地内
「木佐木変電所」の敷地内には、巨大な変電設備がずらり

そんな変電所や送電線の保守、補修を計画から実働まで一貫して担っているのが九電ハイテック。九州各県に拠点を配置し、九州に暮らす人々の“電気のある生活”を支えている。

「私は変電所の設備に異常がないかをチェックする保全業務を行っています。これからこの『MR(※)グラス』を使って設備点検のための操作を始めますので、よかったら見学していきませんか?」と長崎さん。

“サングラスのようなもの”が「MRグラス」と呼ばれていることがわかったところで、操作の様子を見せてもらうことに。

(※)MRとは「Mixed Reality」の略。日本語では「複合現実」と呼ばれる

「MRグラス」で何してる?

点検操作 点検操作
保護装置の前で空中の何かに手を伸ばしながら作業する長崎さん。決して宇宙と交信しているわけではない

「操作、開始!◯◯◯保護装置を確認します。……◯◯◯保護装置、確認よし!次、二次元コード確認……」

変電所の中の「保護装置」と呼ばれる装置に向けて指を差し、操作内容を大声で確認しながら進めていく。何もないはずの空間に顔を向け、何かを“読んでいる”ように見える……。聞きたいことが飽和状態になった我々は、長崎さんの操作が終わるや否や「『MRグラス』とは何なのか?」「今、何をしていたのか?」を矢継ぎ早に質問した。

「『MRグラス』は2023年度から導入している先端技術です。グラス部分がディスプレイになっていて、操作指令伝票(=操作内容をまとめた指示書)が表示されます。保護装置(=電気設備に異常や事故が起きたことを検出し電気を止める信号を発出する装置)に貼られている二次元コードを読み込むことで、その日に予定されている操作の対象装置かどうかを確認することができます。変電所の中には似たような保護装置がたくさんありますが、二次元コードのおかげで操作対象の装置を誤認することはありません」

空中に手を伸ばしていたのは、MRグラスに映し出された操作指令伝票を扱う動きだったようだ。

MRグラスから見た映像 MRグラスから見た映像
「MRグラス」越しに見える世界はこんな感じ。写真中央下部に表示されている「操作指令伝票」は、つまんで移動させることもできる

「点検などの作業時は、感電による事故などを防ぐために電気を止めてから作業します。今見ていただいたのは、点検前の装置の停止操作です。以前は指示役と操作役の2人が現場に必要でしたが、『MRグラス』が導入されてからは1人で実行できるようになりました。操作実績は自動でデータ化されて事務所に送信されるので、報告の手間も省けて便利です。また、2人体制時のリスク要因だった操作指示の行き違いによるヒューマンエラーが解消され、確実で安全な操作という側面からもメリットを感じています」と長崎さん。

電力の安定供給を支える業務の特性上、効率化や省人化によって確実で安全な操作が損なわれることは決して許されない。安全性と確実性を高い水準で維持しながら、効率化と省人化を実現する。この難題を解決する救世主となったのが、「MRグラス」というわけだ。

2人でやらねばならない操作が1人で、“安全かつ確実に”できるようになった。この「MRグラス」導入の効果には、単なる省人化以上の大きな意味がある。

MRグラス MRグラス
「装着中は視界(画面)がふわふわと揺れ、まるで宇宙の無重力空間にいるような錯覚に陥ることがあります。慣れるまでに時間はかかりましたが、今では大切な相棒です」

長崎さんにとっては50代半ばを過ぎたタイミングでのハイテク機器デビュー。初めは体に染みついた従来のやり方との違いに戸惑いが大きかったそうだが、回数を重ねるうちに徐々に適応。
長崎さん以外にも、多くのベテラン社員が最新鋭の機器を使って作業しているという。

話を終えると、また「MRグラス」を装着して模擬的に操作内容の確認を始めた長崎さん。すっかり使いこなせるようになった現在も、円滑に業務を行うための努力を怠らないのだという。59歳にしてのあまりの順応ぶりに我々があっけにとられていると、「どうやら『MRグラス』以外にも、九電ハイテックではいろいろな先端技術が導入されているらしい」という新情報が飛び込んできた。

現場に行かない工事監理!?

というわけで、次に訪れたのは九電ハイテックの久留米事業所。ここでは先端技術を用いた工事監理(=工事が計画通りに行われているかを確認する業務)の様子を見学できる……と聞いていたのだが、案内された場所はオフィスフロア。「工事なのに屋内???」。一抹の不安を抱えながら歩を進めると、ヘッドセットと2台のパソコンを駆使しながら、画面に向かって指示を出す
男性の姿が目に入った。

九電ハイテック辻さん 九電ハイテック辻さん
辻さんは現場を支える中堅エース。ちなみに、好きなスポーツはバスケットボールでNBA観戦旅行を計画中

「私は主に定期点検や修繕工事などの工事監理を担当しています。今行っていたのが、先端技術を用いた『遠隔工事監理』です」。ヘッドセットを外しながらそう教えてくれたのは、入社12年目を迎える辻さん。経験豊富なプロフェッショナルだ。

「遠隔工事監理」とは、現場の作業員がスマートフォンで撮影する映像を事業所のパソコンにリアルタイムに共有することで、工事監理責任者は事業所から指示や確認ができるというもの。導入による一番のメリットは、監理責任者の現場出向が不要になったことにある。専用のアプリを用いることで、鮮明な映像と音声でストレスなくやり取りができるのもポイントだ。

遠隔工事監理風景 遠隔工事監理風景
辻さん「もうちょっと右のほう映せますかー?」現場「了解しましたー!」

安全に、確実に、効率化を図る“ハイテック”

「テクノロジーを取り入れた他の業務として、変電所に設置したカメラで建物の状態やメーターの数値などに異常がないかをチェックする『遠隔巡視』もあります。例えば災害などが起きた場合も、現地へ行く前に事業所で即座に現場状況を確認できるようになりました」と辻さん。

巡視カメラ引き 巡視カメラ引き
変電所の高い位置から変電所全体を監視するカメラ
巡視カメラ寄り 巡視カメラ寄り
これは機器の内部にあるメーターをチェックするカメラ
巡視カメラ撮影画像 巡視カメラ撮影画像
遠隔巡視カメラで撮影した写真を事業所のパソコンでチェック。写真は4時間ごとに自動で撮影&送信される

「遠隔工事監理」や「遠隔巡視」を導入したことによる顕著な変化は、作業員の移動コストが大幅に削減されたということ。九州の隅々にまで電力を供給するため、九州には多くの変電所があるが、その中には事業所との距離が遠い変電所もある。そのような変電所の工事監理や巡視において、これらのシステムは特に大きなメリットがあるという。

「九州の明るい未来を技術で支える」。これは九電ハイテックが“ありたい姿”として掲げている言葉だ。少子高齢化や物価高をはじめとする社会の変化の中で、電力を安定して届け続け、九州の明るい未来を支えるために、「MRグラス」や「遠隔工事監理」、「遠隔巡視」が大きな効果を発揮している。

ほかにも、高所の点検業務の効率化に用いられるドローンなど、テクノロジー活用の例はまだまだあるのだが、この“先端技術に対する開かれた姿勢”は、九州外の電力会社をサポートする同業他社から問い合わせが入るほど業界内では先進的なのだという。

先進的な技術導入を支える一因となっているのが、新しいアイデアやチャレンジを歓迎する企業風土。その一端は、定期的に実施されている「若手DXミーティング」からも垣間見える。これは若手社員を対象に、「こういうことができると便利だよね」といった声を募るもの。業務経験の少なさを逆手にとって、既成概念やセオリーにとらわれない純粋かつ柔軟なアイデアを発言しやすい環境が用意されているのだ。

「DXやAIの活用に向けた取組みが、ここ数年、社内で活発になっています。どんどん取り入れて試行錯誤しながら、よりよい技術の活用法だったり、ひらめきだったりが生まれやすい会社になっています。先端技術を活用することで、作業の効率化だけではなく、現場の安全性を高めながら、より安定した電力供給の実現を目指すという使命は、これからも変わりません」と辻さんは前を向く。

「操作するときは、電気という重要なエネルギーを扱っているという責任感といいますか、“自分に言い聞かせる”という意味で操作内容を大きく発声することを大事にしています。私事ですが、あと1年で60歳。最後まで安全に、無事故、無災害のまま定年まで勤め上げたいと思っています」と語っていた長崎さんの言葉の端々からも、安定供給や安全への強いこだわりが伝わってきた。

長崎さんと辻さん 長崎さんと辻さん
社名のとおり、“ハイテック(ハイテクノロジー)”を駆使して電力インフラを支える技術者集団、それが九電ハイテック

久留米事業所からの帰り道。パソコンを開いて資料を整理していると、取材のきっかけとなったあの“奇妙な”動画がカッコよく見えてきた。