九電産業の保守管理力、 こんなところに活きてます
「このお塩、実は発電所の敷地内で作っているんです」。九電産業の営業担当がそう説明すると、多くの人は「?」という顔をする。電力と塩、頭の中で簡単には結びつかない。VOICE編集部も同じだった。初めて九電産業を訪ねた時、頭の中は「?」でいっぱい。ところがその『天草の塩』、いまや生産が追い付かないほど人気らしい。豊かな天草の海水と昔ながらの製法で作られたもので、料理やお菓子など、味付けにこだわる現場で重宝されているとか。気になってたまらなくなった編集部は、熊本県天草郡苓北町の「苓北そると工場」を訪ねた。電力と塩の、秘密の関係を探して。
イルカも泳ぐ海の先へ
大小120もの島々からなる、天草。苓北町は天草下島の北西部に位置し、熊本市の中心部から車で約2時間。気軽に行けるとは言えないが、のんびりドライブするにはちょうどいい。イルカウォッチングができるスポットを抜け、発電所に着く頃には、キラキラとした水面が目に眩しく感じてくる。この海には伊勢エビやウニがわんさか生息しているらしく、「天草に引っ越して、苦手だったお刺身が食べられるようになりました」と話す方もいるほど。
苓北そると工場は、そんな豊かな海のそばにあるのだが、その立地がなかなかのインパクト。
写真の真ん中にある白くて四角い建物。これが、苓北そると工場だ。そう、苓北発電所(火力)の敷地内にある。
なぜここに工場があるのかを語る前に、『天草の塩』の製法を説明したい。製塩法にはいくつか種類があり、『天草の塩』は「平釜製法」で作られている。蓋のない釜で海水を煮詰め結晶化させるという伝統的な製法で、ミネラルをはじめとした海の栄養素、つまり旨味がちゃんと残る作り方。いまスーパーなどでもっとも手軽に買える塩は精製塩といい、イオン交換によって作るのだが、成分は塩化ナトリウムが約99.9%でミネラルがほとんどない。『天草の塩』は塩化ナトリウムが約87%、残りはミネラルや水分。ここが大きな味の違いとなる。
しかし平釜製法は熱を大量に使用するうえ、手間がかかるため、いまでは珍しくなってしまった。苓北そると工場では、そんな平釜製法を創業以来続けているが、その秘密は熱源。そう、火力発電のための蒸気を、塩づくりに活用しているのだ。原料である海水も、発電所で冷却水として汲み上げられたものを工場内へ引き込んで使う。発電所があって初めて可能な塩づくりなのだ。
発端は、新規事業開発だった
『天草の塩』が作られ始めたのは2002年。九州電力の新規事業育成支援制度を活用して生まれた新事業だ。立ち上げから4年後に九電産業が引き継ぐことになったが、当時の社員に塩づくりの経験がある者はいない。それもそのはず、九電産業は発電所の保守管理が主な業務。工場長で品質管理責任者の古田さんも、まさか自分が塩づくりをするとは、思ってもみなかったという。
工場に伺ってまず驚いたのは、製造工程を詳細に記した資料。「水分を○.○%程度に調整」など事細かに書き込まれ、あらゆるものを数値化して管理している。天草の塩づくりと聞いて我々が想像していたのは、「説明せずとも舌でわかる」といった職人世界だったが、ここの塩づくりはまったく違った。「いまある設備を生かして、メンテナンスして、安定的に供給するのが私たちの仕事です」と古田さん。なるほど、発電の現場も塩づくりも、同じ考え方というわけか。
次に驚いたのは、全量目視の検品作業。塩を乗せた白いベルトコンベアを動かし、下からLEDで照らして異物がないかを確認している。出荷前にはパッケージを一つひとつ手と目で最終検品。塩を作る過程でタンクにこびりつく硫酸カルシウムも、定期的に手作業で取り除く。大切なことは、手間を惜しまない。そこに「保守管理」の真髄を感じる。
こうして作られた塩だから、信頼性が高く、販売量も飛躍的に伸びていった。現在は年間約200tを販売。卸先も増え、最近は九州を飛び出し、関東圏まで販路を拡大している。そんな塩を、地元・天草の人たちも放っておかなかった。実は製造初期には、地元の生産者に迷惑をかけないようにと、天草外でしか販売していなかったという。しかし、味が評判を呼び、天草内でも使う店が増えてきた。明治初期から愛される苓北町の和菓子屋・増田屋 黒瀬製菓舗では、『天草の塩』を使用した『塩どら焼き』が人気。「くまもと菓子祭り 推しどらグランプリ」を受賞した逸品だ。
「尖っていて主張の強い塩もありますが、『天草の塩』はまろやか。素材によく馴染みます」と、店主の黒瀬さん。
充実した天草取材を終えて九電産業本店に戻ると、かつては工場長、現在は販売事業部で製塩担当部長を務める有馬さんが、こんな話をしてくれた。
「20年前に小さく生まれた新規事業が、いまの私たちにとって誇らしい事業にまで育ったのは、とても喜ばしいことです。来る日も来る日も手を入れ、面倒を見ながら、地道に塩づくりを続けた。私たちにひとつ誇れることがあるとすれば、実直にそれを続けきったということかもしれませんね」。
そう、ラクして生まれる新規事業なんてないのだ。塩味引き立つどら焼きを頬張りながら、そんなことを思った。







